古城山407,5m (山県市)  
            【 登り 54分  下り 26分 】 【 高低差 320m 距離 3,3km 】
 

  正月休みを少しでも取り戻す為、自営の我が家は正月明けから第二日曜まで仕事が続きます。
しかし、我慢が出来ず早朝登山を企て、10時までには戻ると言って
近場で未踏の里山【古城山】へ行って来ました。


7:52 正面に古城山

8:00 林道手前から歩き出す
ガイドブック「岐阜の山旅100コース」には〔何本もの「古城山」の道標に導かれて着くことができる〕と書いてあったので、安易に行ってみればサッパリ道標は見当たらず、結局カーナビをセットして行きました。県立三光苑、特別養護老人ホーム椿野苑の前を通り過ぎ、真っ直ぐ進むと正面に古城山らしき山が迫ってきます。目を凝らして見ると山頂に城らしき建物が見えました。
エッ!こんなに低いの?こりゃ〜30分で登れそうだな・・・ノンビリ登るとするか。
道路を北進すると正面に広場があります。そこから左へもう少し林道を入って行けそうだったが、行程が短くなっても詰まらないので、そこへ止める事にする。
案内板には見慣れてしまった「注意!熊出没」の立て看板があります。
山歩きを始めた頃は滅多に見なかった注意看板も最近では里山にまで進出しており、見慣れたせいか危機感が薄れてしまっております。
素早く準備を済ませ、霜で白くなった林道を身軽なリュックを背負い歩き出します。
手袋をしていても冷たく感じるので、ポケットに両手を突っ込んで歩いて行くと、林道脇の土手には猪が新しく掘った跡が無数にあり、土手の形が変形しています。
最近は熊の被害までも行きませんが、猪に襲われた記事を時々見るようになり、少し緊張して歩きました。(^_^;)

8:05 林道終点P

8:07 古城山(金鶏山)登山口
林道を進み左へカーブすると車が4台は止めれそうな林道終点Pがあり、壊れかけたベンチの横には杖が沢山用意されております。地元の方達は城山と呼び登られているようです。
終点Pから直ぐに「古城山(金鶏山)登山口」の表示があり、いよいよ登山道歩きです。

8:12 シダの中を進む

8:20 ハッキリとした登山道
登り出しは暫くジグザグの急登が続きます。
しかし、それもほんの少しで緩やかな登山道へと変わり、尾根沿いの登山道を緩く登って行くと右の樹間から車の騒音が聞えたので目を向けると車道が続いておりました。
旧美山町の青波へ通じる道らしいが、通った事が無いので帰りにでも通ってみよう。

8:26 百々ヶ峰を遠望

8:32 番所跡
明るく広くなった登山道を落ち葉を踏みしめながらノンビリ歩いていると右側が少し開け、年末に歩いた百々ヶ峰が良く見えました。そして「番所跡」なる立て看板があります。
この山は美濃国守土岐頼芸の居城があった所なので、歴史に満ち溢れた登山道です。

8:33 チゴユリ群生地

8:38 馬ならし場跡入口
番所跡の直ぐ先には「チゴユリ群生地」の立て看板が目を引きました。
こんな里山にもチゴユリが咲くんですね!知らなんだ・・・
静かな山の中に、行き成り「コン、コン、コン、コン」とキツツキの音が響き渡りました。
周りを眺めれば結構枯れ木が目立ちます。
登山道は相変らず緩やかに延びており、ラクチンな登山道です。
案内板が現れたので良く見れば「国盗り物語ゆかりの地・馬ならし場跡入口」と書いて有ります。
左の尾根上が明るかったので登って見れば、何処の山なのか白い山並みが望めました。

8:43 舟伏山遠望

8:44 各務原市方面
左に展望が開けた所に「能郷白山眺望」の立て看板が有りますが、能郷白山は見れません。
その代わりに舟伏山が良く見えました。
その反対側に岩が有ったので登ってみれば、各務原市方面が望めます。
その先には「迂回路」の案内板があり、迂回路は尾根道だが下の道を行きます。

8:47 霧井戸入口

8:50 記念植樹
残雪がある登山道を少し下ると「国盗り物語ゆかりの地・霧井戸入口」の案内板があり、矢印の方向の急斜面には急降下の道が続いておりました。
この辺りには松茸山の境を示すビニールテープが張ってあります。
昨年11月に大桑に住む同級生から同窓会の連絡が来た時、古城山の松茸山の期間を聞いた所によると11月23日までが止め山だそうです。今では松茸も出ないそうですが、罰金目当ての松茸山かもしれないので、止め山期間中の入山は控えた方が無難です。
登山道脇には「皇太子殿下新宮様ご誕生記念植樹」なる標柱も立っていましたが、植樹された木が見当たりませんでした?

8:52 山頂手前広場

お〜城が!
急登をこなすと少し開けた所には小さな祠と城の謂れが書いてある石碑が建っています。
そして山頂手前広場から行く手に城が見えます!立派に見えるが、これが有名なミニ城だな。
城の南側の展望が開けていますが、先ずは裏にある三角点へ行きます。

8:54 古城山山頂 二等三角点

山頂からの高賀山方面
山頂には木々が茂っていますが、高賀山方面だけが開けています。
山頂表示板には三角点の説明書きが添えて有ります。地中深く61cm埋めてあるそうです。
「此の三角点は地震予知や国土の開発・保全等のために行う測量には、なくてはならない大切な国の財産です」よって破損させたり移転させた場合は、2年以下の懲役又は5万円以下の罰金だそうです。地震予知の為とは知りませんでした。写真撮影を終え城へ行って見ます。この城は昭和63年に弘前城の縮小版として、地元の方達の寄付金を元に地元の大工さん達の手で高さ3,3m、間口一間のミニ城として完成したそうです。天守閣にはシャチホコも乗っていますが、金ではなく陶器のようです・・・(^。^;)
城から南側は、ほぼ180度の展望が広がっており西に目を向けると伊吹山がギリギリ確認できます。早速コーヒーを入れ、好物のアーモンドチョコを食べながら展望を楽しみます。
一番大きく目立つのは百々ヶ峰で、その右には金華山。左には28日に一気縦走を予定している岐阜市と各務原市境の権現山から各務原市と関市境の山々が続いております。

28日に歩く予定の山脈が広がっております

百々ヶ峰から金華山

伊吹山

全高3,3m間口一間のミニ城
ミニ城の石垣には「大桑城関係年譜」としてプレートに大桑城の説明が書いて有ります。
さて、この狭い山頂にどれだけの規模の城が建っていたんでしょうか?
1542年、美濃国守土岐頼芸の居城時代、斉藤道三の攻撃のさい美山町青波の者の手引きにより火を付けられ落城したと伝えられているそうです。お陰で現在に至っても大桑と青波とは怨恨が続いているらしい。とガイドブックには書いて有ります。本当に現在まで怨恨が続いているのか大桑の同級生に聞いて見なければなるまい。
時計を見て慌てました。10時には帰り仕事をすると言って出て来たのに既に9時20分近くなっていました。下山に30分掛かったとしても家までは15分は掛かります。
こりゃいかん!慌てて下山に掛かりました。足早に登山道を下り、中間辺りだったかな?登りには気が付か無かった大き目の獣の糞を見つけました。熊か猪か?早速写真を撮ろうとして、大きさが分かるように靴を一緒に撮ろうと左足を前へ出すと太腿に激痛が走りました。(x_x;)
なんじゃこりゃ!暫し動けません・・・摩ったりして見ますが痛みは消えません。
しかし、ゆっくり歩けばナントか歩けたのでノンビリ歩き出しました。
歩いていれば徐々に痛みも引いてきて、気が付けば早足で歩いていました。
結局、登りの半分以下の26分で車に戻りました。何の痛みだったのか不思議です。

汾陽寺山〜権現山〜天王山 この角度では初めて見ます
帰路は予定通りに新しい林道を登って行きました。峠附近からは東側の展望が開け、裏山の汾陽寺山・権現山そして天王山が望めました。
この角度から見るのは初めてだったので、思わず車から降り写真を撮りました。
結局、家に着いたのが10時10分、上さんは既に仕事をしていました。(^^;)
短い時間でしたが、こうして近場の山を満喫してきました。

(注)ルート図&高低図は実測ではないので正確ではありません
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